2005.11
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November 30 はれ |
西高東低の冬の気圧配置でも、日向は優しく暖かく肌を照らします。足こぎのボートの撤収もあっけなく簡単に終了、陸にならんだ、屋根をとったボートは、子どもの時分あこがれた未来の流線型をふくんでいます。静かです。冬のクライマックスは じき。静かさに爪を噛みたくなるような、予告編のような高揚があります。 |
November 28 はれ |
昨日27日で、ボートが廃止されました。今日はトレードマークの赤い傘は開きません。小春日和の青空のずっと高いところを冷たい空気が流れているようで輝くシルエットの後ろには飛行機雲、はやい夕日は優しいピンクを水面とモミジのむこうで にじんでいますです。月曜日の上池にボートが浮かばない事は珍しいことではないのですが。 |
November 25 はれ |
一週間、気絶してました。飲過ぎ。それでも真夜中にチュー缶、ダウンベストのポッケに入れてベンチでウトウト。サクラやユリノキ、ケヤキ・・・落ち葉のじゅうたんを歩いていると自分が主役と誤解もするのですが、見上げてみると悩ましく、裸になりかけた樹の影が、私を覗き込んでいます。落ち葉のじゅうたんは、私のためでなく木々自身が、一番緊張するクライマックスに最期の一枚を落とす演出です。むちゃくちゃ大柄なストリッパーをありがたく拝まなければ! |
November 19 はれ |
ひとかき、数ミリ。人生ひとはき、一人分?遺跡発掘の現場の作業を見てて、そう想う。何にも発見されない土の成分にもドラマはあったはず。気にとめられず、一掻き、数ミリ、人生一掃き、一人分。流れる時間はホコリに変えて積もります。息子の学芸会。名優てんこ盛り、うたれました。目を離せる奴らに成りました。私は息子の行事は今回で卒業予定。家族にも別々の時間が流れていることの自覚は、楽しいことの始まりの予感です。 |
November 18 はれ |
昨日の善福寺公園。酒場はにぎわっていました。昨夜は、ボジョウレー・ヌーボー?そんなにめでたい日とは知らなかった私も便乗一杯。う〜んやっぱりビール。GUINNESSの泡に描かれたクローバーは三ツ葉。話題はシモネタばっかりで失礼。今日の公園。大塚ねね?様がドラマの撮影。きれいな人です。酒場にもきれいな人がいたな〜と、はずかしくなりました。
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November 15 くもり |
朝から地震。皇室の結婚式。若い頃、皇居の神殿に捧げる鯛と鯉を管理、運搬管理する仕事をしていたことがあります。その日水揚げされて築地市場に並ぶ、ウロコ一枚もはがれていない、最も美しい魚です。「これから生まれる我が子につながる全ての人が幸せである」ように、「阪神淡路の震災が大きくならない」ことを魚に話しかけていた思い出しました。その後「神も仏も・・」とおもったこともでも 今、私の祈りや思い社会の変化以上に、命そのものが入れ替わっていることを納得しなければと思っています。”時代は変わる”ではなく”人(命)が変わる”。 |
November 13 はれ |
南の窓から入る光は、北の壁にとどきそうです。この公園にしては珍しく人が多いのですが、のんびりした表情は苦にはなりません。なんとセミが鳴いていました。年の数だけ聞き慣れた声ですが、季節をずれて聴くと、混乱します。昨日の木枯らし一号で電線が垂れて漏電している音か・・・。音のするサクラの木を観察するとアブラゼミ発見!家族で「弱々しい」とか 「いややっぱり変わらない」とか 楽しい散歩です。 |
November 12 はれ |
昨夜の雨も午前にはみごとにあがり、蒼い空にまぶしい雲が流れています。ケヤキの葉っぱがつめたいの風に飛ばされて、くるくる舞いながらとばされて、瞬間光って落ちてきます。ケヤキのないアスファルトの道端にも、葉っぱは落ちていて、命の範囲を知らせます。さっきとおなじ風景を期待して構えていても、おなじ風は吹いてはくれません。風はあてにする姑息な私を置いて、葉っぱを空に踊らせます。もっと佳い瞬間をイメージしなければと思う私など、追い越してもっともっと自由に。でも自由は命のきまりははずしません。ちっちゃな時間に頓着することなく、大きな時間は正確です。冬は、そばまで来ています。
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November 10 はれ |
「未来指向なんですよね〜」何千年後の人が見ても 直ぐ気付く、わかる。区民農園跡地の遺跡発掘の若い監督さん。今週は5000〜6000年前の縄文時代の発掘、その前の石器時代もあるかもしれないとのこと、立地(Rich?)の善し悪しは時代が変わってもかわらないとか。関東ローム層の下には多摩川れきがん層があって野川、神田川、善福寺川、妙正寺川が れきがん層により染みこまないことによる川であること、古代の多摩川がとてつもないスケールに東京湾にそそいでいた!?信じる? |
November 6 くもり |
Queenを聞きながらかいています。いま人を殺してきたよと母親に告白する曲(Bohemian
Rhapsody)ヘンな歌詞です。学生の頃 撮られた報道写真を証拠として、殺人罪として起訴され、裁判で20年近く闘い無罪を勝ち取った方の父親(講師?)がいました。短いコメントや記事により影像イメージが操作されて事実を作ってしまったとして、有名な事件です。書きたくなかったことですが、いつも写真を使うときはことばとの距離を気にしています。
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November 5 はれ |
秋色の織りのハーフコートがほしい。数年探しているが見つからない。虹色全て織られてシックでじつは鮮やか。秋から冬ははおしゃれの季節です。ウールのコートがほしいよ〜。 |
November 4 はれ |
公園を歩くとカサカサといい音がします。今の枝切りバサミはパッチン、パッチンいい音がしない。ふるい刃物は神が宿っていました。斧には表裏それぞれに3本4本のタガネの彫りがあります。木こりは木を切っていると怖くなるそうです。それを祓うまじない。大地で生まれたことをわすれて、頭で想像する。人はしあわせにはなりずらくなっているのかもしれません。 |
November 3 はれ |
上野の都美館。日展行ってきました。狭い価値観で競っている。どうでもいいやと、逃げ出しそうになったとき、あの老彫刻家の作品がとびこんできました。潤みました。強い塊です。細工はありません。傾向や対策、権威やアカデミズム一切ありません。小さいけれど、イメージスケールのデカイ塊です。あてにする力、背負う看板一切ありません。自分だけ。そのあと「あそこはあぶない」と迷惑なアドバイスをくれた教授(当時講師)の退官の展覧会。土産の図録が煩わしい。そのあと”場末”へ。おばあさんは白内障を克服、元気でした。”白”しこたま呑んできました。
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November 2 はれ |
最先端や希望だけが羅針盤で、何も見えない時があります。あす仕事を休んで”日展”見に行きます。なぜならば先月お遇いした、彫刻家が形容できないくらい 澱みなく、朗らかだったからです。朗らかという言葉が私の中で一番大切なイメージです。20代の頃怖くていってはいけないと噂されていた場所(他人言葉で場末)で、在日朝鮮人のおばあちゃんが「あたし、朗らかだったから生きているのよ」私が現状(漠然と)に幻滅して、ジャマイカに逃げ出す前夜の言葉だったのです。明日、彼女がその場所で生きていれば、息子にも会わせたいと思っています。ほがらか、ってほんとうに真似やはったりでできないこと。ドンブリについでくれた甘い密造酒はいまでもあるか? |
November1 はれ |
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